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長期連載小説10 ~ 握りつぶされる真実

        ж  ж  ж  ж  ж  ж


「お前、こんなもん載せられると思ってんのか?」

 デスクはぼりぼりと頭をかきながら、藤田の原稿をつき返した。2、3日風呂に入っ

ていないのか、ふけが盛大に飛び散る。

「ここは作文教室じゃないんや。お前は社会部の事件記者なんや。自分の好きなもの

 を書いていればいいってわけやないねん」

 藤田が書いた記事はたった10行くらいのものだったが、デスクの安田に即座に呼び

出された。別の事件の取材にとりかかろうとしたところ、社に呼び出されたので、と

んぼ帰りした形だ。

「ですが、新たな目撃証言が得られたので……」

「ダメやダメや。せっかく事件のおかげで売れてるんや。水差すような記事はあかん。

 お前も8年ここにいるんやから、それくらいわかるやろ」

 藤田が書いた記事は、警察発表の少年の供述との矛盾点をつく、重要な目撃証言だっ

た。非常にシンプルな構成だったが、一面記事でも通じるネタだった。証言を拒む

目撃者を説き伏せて、やっと手に入れた、足で稼いだ特ダネだった。

 藤田は食い下がり、デスクまでも説き伏せようとした。

「デスク。これは真正の特ダネです。こんなニュースソースは滅多に現れません。

 10年に一度、いや20年に一度、引っぱってこられるか……」

「そんなことはどうでもええ。お前、この事件の重大性をわかってるのか?」

 安田は、たっぷり10秒間は藤田の顔を眺めたが、藤田の表情に変化がないのを見る

と、ダメだこりゃ、とばかりに首を振った。
「アホ!

 10代のガキが前代未聞の事件を起こした!日本中が盛大なお祭り騒ぎになっとる!

 これ以上恐ろしい事件があるか、ってなばかりにな!大人も子どももこの話題で

 持ち切りや。もっとアイツのことが知りたい。どんな凶悪なガキなんやって盛り

 あがっとるんや。それをなんや。真犯人がどうや、新事実がどうやって、そんな

 記事出してみろ。お祭り騒ぎがあっという間に閑古鳥や。お前は長いことブン屋

 やっててそんなこともわからんのかい!」

 安田は机をけっ飛ばし、イライラを爆発させた。

「安っぽい正義なんていらん。ましてやホンマかどうかわからん目撃証言なんてもっ

 といらん。いらん、いらん。クソガキの周辺を洗って、アイツがどんな変態なのか

 持ってこんかい!話はそれからや!」

 バンと机に両手をついて、藤田を一睨みすると、安田はそっぽを向いて編集室を

出て行った。

 確かに安田の言うとおり、少年の犯行だと判明した途端、6月末になって冷えはじ

めた報道が再度加熱し、世間もその話題で持ちきりだった。多くの人間が事件の詳報

を知ろうと新聞を手にとり、新聞紙各社の売り上げが上がったのも事実だった。少年

が起こした前代未聞の事件と犯行声明や不可解な犯罪事実があいまって、事件は華や

かな一面を見せ始めていた。

 ここで、真犯人が成人の男だったなどと報じられると、事件に対する熱も冷め、新

聞の売れ行きが怪しくなるという主張もわかる。

 しかし、安っぽい正義と言われて、黙っていられるほど藤田は大人でなかった。体

がかっかと熱くなり、ネクタイを締めているのも邪魔くさくなり、引きちぎるように

外すと、地面に叩きつけるように投げ付けた。チラチラと同僚たちが控えめな同情の

目線を送ってきているのを感じる。



 奇しくも警察は、大々的にテレビ報道を呼んで、凶器の発見をしていたところだっ

た。少年の証言通り凶器が発見されたことで、テレビを中心としたメディアでは、少

年の犯行が決定的なものと大宣伝を繰り返していた。また、週刊誌では少年の個人情

報を晒し、顔写真まで公表するものまで出てきた。

 少年事件では、被疑者の秘匿性は完全に守られなければならない。これはマスコミ

人の最低限のルールのはずだった。しかし、重大な少年事件が起こると我先にと個人

情報を晒したがる人間がいるのは、昔からの常だった。彼らの情報が晒されると、自

身の人生はおろか、家族の生活もめちゃくちゃになる。事件が重大であればある程、

世間からの目は痛くなり、石を投げられることも多くなるのだ。



 同僚の事件記者の石岡は警察の怠慢を嘆いていた。7月6日になって、大々的に

公開された凶器と見られる金ノコだったが、金ノコからは血液反応どころか使用した

形跡があったかどうかの警察発表が一切なかった。石岡は追加の記事を書きたくて

うずうずしていたのだが、警察の鑑定結果を聞かないと書けない。せめて、犯行に

使われた凶器と断定してくれればいいのだが、彼はぼやいていた。

 警察の発表には、逮捕当時から一貫していないところがある。凶器は少年の部屋

にあったナイフとしたり、山深い池で発見された金ノコとしたり、刃渡りはわからな

いと言ったり、記者連中は何もわからずやきもきしていた。世間はしかし、ぼんやり

としたこれらの情報を聞いて、誰も少年の犯行を疑わず、少年の詳報を求めた。

 そもそも、金ノコなどののこぎり類では、遺体の切断はできないというのが、法医

学者の一致した見解だったはずだ。今回の事件の遺体のような鋭利な切断であれば、

なおのこと不可能であるという。



 新聞記者の中には、少年の犯行の懐疑説を持っているものも少なからずいたが、多

くの懐疑説の記事はデスクの編集方針によって握りつぶされていた。各社一斉に足並

みそろえて、“少年犯人説”に異論を唱えなかったのは、真実を求めようとする姿勢が

記者になかったばかりではないだろう。真実の追求よりも、報道の正義よりも、自

社の売れ行きが重要なのだ。“売れる”記事が優先して載せられるのが現在の新聞

なのだ。



 藤田は姫路で起きたひき逃げ事件の現場に向かった。ステアリングを握りながら、

ユラユラと視線を泳がせる。握りつぶされた原稿の山を、記事の腹案を、どうにか

発表する手立てはないかと、思案に思案を重ねた。酒鬼薔薇事件の不審な点は、山の

ようにあり、足で集めた記事もフロッピィディスクの中に溜まっていた。

 ともすれば、記者生命に終止符を打つことになるかもしれない。世間の正義漢たち

から、石を投げつけられるかもしれない。真実は一つであっても、世間にまかり通る

正義は一つではないのだ。



 藤田はクラクションの音で、自分が反対車線にはみ出しているのに気づいた。
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テーマ:ミステリ
ジャンル:小説・文学

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