FC2ブログ
1012345678910111213141516171819202122232425262728293012

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

長期連載小説27 ~ 記者の意義


   ж  ж  ж  ж  ж  ж  ж  ж  ж  ж

         ж  ж  ж  ж

 藤田和之(ふじたかずゆき)は、共同通信社から送られてきた原稿を見てため息を吐
いた。共同通信社からの原稿は、兵庫新聞でも取り上げられる。一地方紙である兵庫
新聞では、全国、特に中央のニュースに弱いので、共同通信社から記事を買うことに
なっていた。
「なんやねんこれは?」
 原稿には、神戸児童殺傷事件の被疑者である少年の手記と称して、「懲役十三年」
という文章が載っていた。何で今さらこの事件が出てくるんや、藤田は独り言を漏ら
した。現場復帰してから、藤田は様々な事件に追われていて、神戸事件の詳報も少な
くなった今では、当該事件の印象も薄れていた。
 あれだけ真実にこだわり、一時は闇に葬られようとした真犯人捜しに没頭したはず
だった。社にいたければ、記者でいたければ、追うのをやめろ、と言われ、気後れし
たわけではない。現実が見えたのだ。彼には生活があり、新聞記者であるということ
に未練もあった。すべてをかなぐり捨てて真実の追求をするほど、現実は甘くない。
神戸事件に触れる機会が少なくなるにつれ、思い出すことも少なくなっていった。
真実の追求と現実とのギャップを擦り合わせて、人間は大人になっていくのかもしれ
ない。それで良いのだ。彼は次第にそう思い込んでいった。
 家裁に係属してしまった以上、少年のプライバシーの保護のため、ほとんど彼への
情報は断たれてしまった。彼がどんな人物だったか、周りの人間に取材することがで
きても、それはあくまで事後の伝聞情報だ。噂がどんな形で尾ひれがつくともわから
ない。藤田が知りたい警察の調書や証拠などの発表は、警察がリークするか、家庭裁
判所の決定を待つしかなかった。警察のリークもほとんどなくなってしまった今では、
いったい何が行われているのかさえわからない状態だった。
 藤田は酒鬼薔薇事件の担当から意図的に外されていた。少数精鋭の兵庫新聞では、
事件にさける記者数も限られているし、情報が隠された今となっては、他の事件に人
員をさいた方が効率が良い、というのが表向きの理由である。本当はデスクの安田が
彼を危険視して、担当を外したと言っていい。
 各新聞社が神戸事件の記事をほとんど載せなくなっていたいま、突然、共同通信社
からこの原稿が送られてきた。兵庫県警は少年の友人の協力を得て、彼から少年の手
記を入手したという。しかも、逮捕前の5月には、この「懲役十三年」を手に入れて
いたということだ。こんな奇怪な文章が今までリークされなかったのには、何か理由
があるのだろうか。友人は少年に頼まれて、パソコンで清書してそれを本人に渡した
という。
 とても中学3年生が書けるような文章ではない。レトリック、比喩の使い方、漢字
や語句の使いまわし、引用文の絶妙な配置。どれをとっても、そこらへんの中学生に
は真似できないだろう。これをパッと見て中学生に「正確に写しとれ」と言っても、
100人中99人は正確に写すことは不可能だろう。よもやの天才ならば、ありうる
のかもしれない。少年と少年の友人は、天才少年ではない。普通の少年だ。少年は、
国語の内申点が「2」ということだ。急激に作文の才能が開花したというのか。パソ
コンを正確に操れる中学生というのもほんの少数だろう。警察の目は節穴だと自分で
宣伝しているのか。とても証拠採用するに値しないシロモノだった。
 なぜ今このタイミングで?藤田の頭は疑問符でいっぱいだった。警察は自らの逮捕
に正当性を裏付けるために、証拠の一部をリークしたのだろうか。にしても、不自然
すぎる。事件のことをよく知らない人間がこの作文を見ると、なるほど、あの犯行声
明文もこの少年にはわけもなく書ける、と思い込むだろう。
 自作自演じゃないだろうか……。
 藤田の頭には、再びこの事件のきな臭さ、胡散臭さが舞い戻ってきていた。少年の
逮捕から家裁への送致まで一息の間に終わったこの事件は、元を正すとよくわからな
いことが多かった。メディアは、毎日のように、少年と少年の両親を叩き、中学校長
や親せきまで、報道被害とでもいうものが飛び火していた。加害者が少年であり、少
年が残虐な行動をしたらしいという、ただそれだけの理由によって多くの人間が叩か
れた。当の少年は、少年法という盾に守られ、顔写真すら載せられないという有様で
ある。メディアのストレスは、周囲への異常な叩きに転化していった。
 松本サリン事件を見るがいい。過熱した報道は、無辜の人間を加害者として扱い、
徹底的に叩き、サリン事件の被害者を拡散した。いつしかメディアは、報道の自由と
国民の知る権利を大きくはき違え、王様のように振る舞っていた。自分は間違ってい
ない。間違っていないから何をしても許されるんだ、と。
 メディアの歯車であり、一部である藤田は、心臓がぎゅうと押さえつけられ、悲し
みと息苦しさに見舞われた。人間はなぜもっと冷静に感じ、考えられないのだろう。
新聞はTV報道とは違うというアピールのもと、速報性と詳報性に縛られ、事件を冷静
に見る目、考える力を失っていた。すっぱ抜きで嘘か真かわからない記事を載せるだ
けでは、報道の自由が泣くというものだ。もっと大切なものは、国民が本当に知りた
いことを、正確に、冷静に伝えることだ。

 冷静な目で判断した情報を伝えたい。藤田の心には、神戸事件に対する情熱の炎が
再び燃え上がっていた。
スポンサーサイト

テーマ:ミステリ
ジャンル:小説・文学

コメントの投稿

secret

COMMENT

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

imikowa88

Author:imikowa88
自作小説みたいなものを
不定期更新します。

保管庫みたいなものなので
あたたかい目で見守ってください。

作者解説を読みたい場合は、
[続きを読む]をクリック、
またはタップしてください。

最新記事

最新コメント

カレンダー

10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

アクセスカウンター

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。