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スイーツ系中年男子

              1

 都内某所の巨大デパート。駅に近接して建てられたこの建物には、たく
さんの人々が立ち寄る。老若男女みな一様に無表情で、テナントにいる店
員だけが、不思議と笑顔を振りまいている。多くの人々が行き交う食料品
売り場で角田了輔(かくたりょうすけ)は、ぼんやりと思索しながら、早
足で歩いていた。いかがですか、という売り子の宣伝文句を無視して、目
的の売り場を目指していた。
 角田はとても甘いものが好きだった。職場でも休み時間になると、甘い
ものを口に放りこんでいた。おかげで体は丸々と太りはじめた。ウォーキ
ングをしはじめたのも、甘いものをどうしても断つことができなかったか
らだ。上司や同僚からも白い目で見られはじめている。節制しなきゃなぁ、
が最近の彼の口癖になっていた。
 お目当てのショコラティエに辿りつくと、彼は鼻を広げ、大きく息を吸
い込んだ。あーこの香り。本場のカカオの豊かな香りが、彼の鼻腔をくす
ぐり、コートジボワールのカカオプランテーションまで彼を連れていった。
翼を得た天使のように、大空を舞って、カカオ畑を見下ろした。丘の上に
散り散りに広がるカカオの緑に、美しい太陽の光がさんさんと浴びせられ
ていた。よく熟したカカオの実をもぎ取り、クンクンと香りを楽しんでい
るときに、声をかけられた。

「お客様……困ります」
 気がつくと角田は、ショーウインドウに鼻を近づけて、クンクンとやっ
ていた。ほっぺたまでベッタリとウィンドウに近づけていたので、かなり
の不審人物だ。
「あ、すみません」
 赤面しながらぼそぼそとつぶやくと、眼鏡の位置を直して、正面に向き
直った。やはりここのショコラは、この界隈でもトップだな。俺の嗅覚は
犬よりも鋭い。ブフッと鼻を鳴らすと、並べられた様々なスイーツ達を愛
おしく見つめた。
 トリュフ、ガナッシュ、ザッハトルテ、エクレア、ガトーショコラ、ジ
ャンドゥーヤ、プラリネ。様々なチョコレートに目移りしていると、本日
のチョコレートが目についた。角田は、急きこみながら店員にたずねた。
「本日のショコラは何ですか?」
 店員は、迷惑そうな表情を隠さずに、
「しょ、少々、お待ちくださいませ……」
 言うと、テナントの奥の方に急ぎ足で向かった。まだ、慣れないバイト
店員と見える。俺の方がプロだな。角田はニヤリと笑った。彼の見立てに
よると、あの光り輝くチョコレートはちょっと形が変わっているが、ガナ
ッシュ。柔らかくしっとりとした食感は、口の中ですばやく溶け、じんわ
りと甘みが広がる。奥の方でゴニョゴニョと話していた先ほどの店員が、
店頭に戻ってきた。
「お待たせいたしました。本日のチョコレートは、ガナッシュでございま
 す」
 店員は、角田をじろじろと見ながらおどおど話す。ふと視線に気づいて、
角田は自分の表情に気づいた。ニヤニヤと笑いながら、チョコレートを買
う中年は、若いアルバイト店員からすると、とても“キモい”存在だろう。
角田はだらしない笑顔から無理やりしかめっ面を作ると、渋い声を出して
言った。
「本日のショコラを一つ。いや、二つください」
「プレゼント用ですか?ご自宅用ですか?」
「ご自宅、いや自宅用です」
 店員が一つの箱に四つ入っているチョコレートをガサガサと包んでいる
のを横目で見ながら、角田はフンフンと荒い鼻息を隠さなかった。

 角田がこんなにもスイーツ好きになったのには、理由がある。あるとき
を境に、彼はスイーツにのめり込んでいった。それまでは辛党で、いつも
晩酌を欠かさなかった。チョコレートなど口にするのも嫌だった。
 彼には小さな娘がいた。愛する奥さんとの間に初めてできた子ども。と
ても愛らしく、いつも笑みを絶やさなかった娘は、彼にとって本当の宝だ
った。人から見れば、それほどかわいい女の子でなかったのかもしれない。
彼にとっては、いくら抱きしめても足りないくらい、愛らしくて愛おしく
て、余った愛情のやり場がなくて仕方がなかった。とってもかわいい娘。
名前は美香(みか)といった。
 美香は角田と出かけるときはいつも、甘いものをおねだりした。子ども
を甘やかすのはよくないと知ってはいても、彼は美香のおねだりに根負け
して、甘いものを与えていた。妻の美沙(みさ)は、プンプンと怒ってい
た。子どもに甘いものばっかりあげちゃダメよ、クセになるんだから。角
田は苦笑いしながら、チョコレートをほおばる美香の頭をなでていた。口
の周りにべたべたとチョコレートをつける美香は、どうしようもなくかわ
いらしかった。

 アーモンド形の目に、びっしりとまつ毛を蓄えた小さな顔は、もう見る
ことができない。よく笑う顔も、ショートヘアーに切りそろえられた髪も、
小さな手のひらも、小さな肩も、すべて、五歳のときをさかいに成長する
ことをやめてしまった。パパ、パパ、と角田がマンションに帰ると駆けよ
って来て、角田の膝に頬ずりするする姿も、もう思い出の中にしかいなか
った。

 ある夏の暑い昼下がり、美香は近所の公園に遊びに行くときに、ひき逃
げにあって死んでしまった。
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テーマ:自作小説
ジャンル:小説・文学

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