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solitude 4

「いらっしゃいませ」
 ここは都内某所の場末のバー。街行く人の誰もが気づかず、ひっそりと営
業している小さな店だった。にも関わらず、このバー「solitude」に立ち
寄る人々は、男女を問わず、一風変わったもの好きだった。
 バーテンであり、マスターの斎藤毅(さいとうたけし)は、たった一人で
バーを切り盛りしている。今夜も一人、数人の客を相手に酒を作っていた。
彼の作る酒は、空間は、都会の喧騒を忘れさせ、ゆったりとくつろぐ時間を
作りだしていた。
 たったいま来店した客は、これまで何度か訪れた女性だった。慣れた雰囲
気でカウンターに自分の席を確保すると、アレクサンダーを注文した。2つ
の酒を作り終え、客に出すと、斎藤はアレクサンダーを作りはじめた。今日
はシェイクの調子がいい。普段はズキズキと痛む手首が、まったく痛まない。
なめらかに酒を入れ、シェイカーを振った。
 斎藤が酒を作る間、女性客はカウンターの常連客に話しかけられていた。
「今日はお一人ですか?」
 長い髪をかき上げながら、女性は笑みを作った。
「ええ。一人です」
 女性は切れ長の目を細めながら、つぶやくように小さな声を出した。
「お連れさんは…」
「別れたの。別れました」
 女性は語気を強めると、自分の内面に向かっていうように、まっすぐに前
を見ながら話した。常連の男性客は、悪いことを聞いたと、気まずそうに黙
りこんだ。沈黙を縫ってジャズの音色が流れる。
「大変お待たせいたしました。アレクサンダーでございます」
 斎藤は絶妙なタイミングでカクテルを出した。
「ありがとう。マスター、聞いて」
 斎藤はコクリと肯くと、作業している手を止め、カウンターの向こう側で
女性に向き直った。
「あの人ね、何度か一緒に来た…元…彼氏…のサトシなんだけど」
「どうなされました」
 斎藤はまっすぐに相手の視線を受け止める。
「前から女癖が悪かったんだけど、心をいれかえて私だけを愛するって言っ
 て、他の女と別れたの」
「それなら問題なさそうですが……」
 斎藤は洗ったばかりのグラスを大切そうにふき始めた。作業の手を止めな
いことで、相手が話やすい空気を作り出していた。
「問題はそこから!」
 女性は怒りの表情を隠さずに、ぺらぺらとしゃべり出した。
「サトシのやつ……。他の女と別れて、一緒に暮らしはじめたんだけど。2
 週間くらい仲良く平和にやってたのに。一緒にTV見てるときになーんかこ
 そこそスマホいじってるから、何してんのって問いつめたのよ。友達がど
 うのこうのいうから、スマホを見せてもらったの。もちろん、暗証番号は
 知ってるわ。アイツ、アホだから全部同じ番号なの。ケータイから銀行か
 らパソコンからフェイスブックから全部同じ。ホンットにアホ!」
 アイスピックで氷をカンカンやりながら、斎藤は黙って聞いていた。しば
らくの沈黙のあと、再び彼女に水を向けた。
「スマホを見ると、どうなっていたんですか」
「どうなっていたと思う?」
 女性は質問に質問を返した。これは面倒そうだ。斎藤はからみ酒の相手は
なるべくしないようにしている。他の客の迷惑になるからだ。しかし、女性
はしらふに近い。酒の勢いでからんできているようにも見えなかった。もう
少しだけ話を聞くことにした。
「普通に考えれば、他の女性と密にやり取りしていたんでしょうね」
「ブー!それならクイズにならないでしょ。アイツの女癖はわかってるし、私
 も呆れるだけでこんなに怒らないし」
 女性はためすような視線を送ってよこした。いつの間にか、カクテルグラ
スは空になっていた。
「何か他にお作りいたしましょうか?」
「じゃあね、ブラッディ・メアリ。いまの気分にピッタリだわ」
「かしこまりました」
 ブラッディ・マリーはすばやく出せるカクテルの一つだ。シェイクは手
首がうずくのでできるだけしたくない。ステアでできるので、斎藤は安心し
た。斎藤はタンブラー氷を入れ、にウォッカを注ぎ、トマト・ジュースを満
たした。レモン果汁、コショウを少々入れ、バースプーンででよくかき混ぜ、
マドラーを入れて女性のコースターに置いた。
「ね、マスター。わかった?」
 女性は作られたブラッディ・マリーを一口含んで、ニッコリとほほ笑ん
だ。斎藤は首をかしげて、答えを考えた。
「うーん。何でしょうか。犯罪に手を染めてたとか?降参です」
 空いたグラスを片づけながら、斎藤は自信なさげに答えた。
「ブー。男の人ってダメね。すっごく短絡的」
 女性はぐいっとグラスをあおると、先を続けた。
「サトシのスマホ見たら、男とやり取りしてたのよ」
 斎藤だけでなく、話をもれ聞いていた他の客もキョトンとしたように顔を
見合わせた。オーディエンスの勘の鈍さに女性は腹を立てたように、空のグ
ラスを音を立てて置いた。
「だーかーらぁ。男と付き合ってたの!アイツはバイだったのよ!
 女と別れてって私が言ったから、今度は男に手を出しはじめたのよ。
 男だろうが女だろうが、結局、浮気じゃない。私をナメてるとしか思えな
 いわ。百年の恋も一気に冷めた。彼氏が男に奪われるってどんなに屈辱的
 で悔しいか分かる?私がその男よりも性的に魅力ないってことじゃない」
 斎藤は無言で空いたグラスを片づけ、ドリンクを作りはじめた。しばら
くして彼女の前に、カクテルグラスが置かれた。
「頼んでないわよ」
 静かに涙を流す女性に、斎藤は優しく声をかけた。
「私からのサービスです。ベルベット・キスでございます」
 しばらく黄色がかったグラスの中身を見つめ、彼女はため息をついた。
「ねえ、マスター。サトシがこのバーによく通っていた理由わかる?」
「存じ上げませんが…」
「あなたのことが好きだったみたい。これサトシの部屋にあったの。返す
 わ」
 女性はバッグから、手のひらサイズのものを取りだした。よくよく見る
と、斎藤がバーテンコンクールに出場したときの記念写真だった。
「彼はあなたの顔と声が好きだったみたい。性の対象として……。だからこ
 こによく通っていたの」

 ここは都内某所の場末のバー。街行く人の誰もが気づかず、ひっそりと営
業している小さな店だった。人と人がどうして出会い、どうして別れるのか。
マスターの斎藤だけがその真実を知っていた。
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テーマ:自作小説
ジャンル:小説・文学

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